5分でわかる!武帝の国内政治
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この動画の要点まとめ
ポイント
その景帝の子どもにあたるのが、今回の主役 武帝 です。
こちらを見てください。
実質的な郡県制による統治!
先代の景帝は、郡県制と封建制を併用する 郡国制 を採用しましたが、
武帝は、実質的に 郡県制 による統治を行いました。
郡県制は 始皇帝の時代に全国へ広まった統治体制 で、
中央から役人を派遣する 中央集権的な統治体制 でしたね。
景帝がわがままな諸侯をおさえつけたことで、
息子の武帝は強気な態度で統治を行えたのです。
郷挙里選を採用し、地方の優秀な人材を採用!
武帝は 郷挙里選 という官吏登用法を制定しました。
「官吏」は役人のこと、「登用」は採用することを指します。
地方にいる優秀な人材を、地方長官が中央に推薦する ことで、
優秀な人材を採用する仕組みになっていました。
董仲舒のアドバイスにより、儒学が官学化される
武帝は 儒学 を官学としました。
官学とは 官僚が勉強する学問 のことです。
郷挙里選によって推薦された人物に、儒学を徹底して学ばせました。
儒学の官学化にあたっては、 董仲舒 (とうちゅうじょ)という人物がアドバイスを行いました。
さらに儒学研究の専門家として 五経博士 がおかれました。
みなさん、これらの政策がつながっていることに気づきましたか?
武帝は実質的に 郡県制的統治に移行 したため、
役人の数が今まで以上に必要になります。
そこで 郷挙里選 で役人を登用し、彼らに 儒学 を学ばせたのです。
儒学は 目上の人への礼儀を重視する学問 なので、
皇帝に対し従順な役人を育成することができます。
このようにして、武帝は地方統治の改革を行いました。
武帝の経済政策
最後に、武帝の経済政策に注目します。
彼は、人びとの必需品であった 塩 、 鉄 、 酒 の 専売 を行います。
国だけが販売できるようにすることで、利益を独占したのです。
また、物価の調整と安定のために 均輸 と 平準 と呼ばれる政策を実施したり、
新しい貨幣として 五銖銭 (ごしゅせん)を鋳造したりすることで、国の経済を整えました。
以上、武帝の国内政策についてまとめました。
次のポイントでは、武帝の国外政策について見ていきます。
ポイントの2つ目は「武帝の国内政治」です。
先ほど説明した通り、前漢の第6代皇帝 景帝 は 呉楚七国の乱 を制圧しました。
わがままな諸侯たちをおさえつけることで、皇帝の権威が回復したのです。