高校世界史B
5分でわかる!冊封体制と羈縻政策
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この動画の要点まとめ
ポイント
冊封体制と羈縻政策
これでわかる!
ポイントの解説授業
冊封体制|周辺国と君臣関係を結ぶ
まず紹介するのは 冊封体制 です。
こちらを見てください。
中国が周辺諸国と 形式上の君臣関係 を結ぶ体制を 冊封体制 といいます。
簡単に言うと、 中国が「親分」で、周りの国々を「子分」とみなす関係 です。
「子分」の国々は中国の皇帝に対し、貢物を持って挨拶しにやってきました。
これを 朝貢 といいます。
その見返りとして、中国は朝貢にやってきた国のリーダーに対し官爵を与え、その統治を承認しました。
これが冊封体制です。
では、どのような国が朝貢しにやってきたのでしょうか?
こちらを見てください。
青海・チベットに位置する 吐蕃 や、雲南地方の 南詔 、
東南アジアの チャンパー 、 シュリーヴィジャヤ 、
朝鮮の 新羅 、 渤海 、そして 日本 など。
このように、たくさんの国が唐に朝貢していたのです。
羈縻政策|異民族の自治を認める
さて、ここまで 冊封体制 について説明してきました。
ここからは、唐が諸外国と結んだもう一つの関係を紹介します。
それが 羈縻政策 (きびせいさく)です。
こちらを見てください。
羈縻政策は 周辺異民族に対してとった 懐柔政策です。
冊封体制は周辺の「国」に対する政策ですが、今度は「異民族」に対する政策です。
主に モンゴル高原 で暮らす民族(遊牧民)に対して実施されました。
羈縻政策は、支配下に入った各地の部族長に対して 自治を認める 政策です。
自治を認めるとはいっても、反乱が起きないように 都護府 を設置して監視しました。
冊封体制と羈縻政策、混同しないように気を付けましょう。
ポイントの3つ目は「冊封体制と羈縻政策」です。
ポイント1と2では、唐王朝の社会経済が発達する様子を見てきました。
今度は 周辺諸国との関係 に注目します。
唐は、周辺国や異民族とどのように接していたのでしょうか?