5分でわかる!西アジアが支配したイスラーム王朝
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この動画の要点まとめ
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西アジアの位置が斜線で示されています。ここでいう西アジアとは、現在の イラン・イラク を中心とする地域です。今回は、この西アジア地域で栄えた4つの王朝を紹介します。
ブワイフ朝|アッバース朝カリフから「大アミール」の称号を得る
1つ目は ブワイフ朝 (932~1062)です。ブワイフ朝は、イスラーム教の中でも少数派の シーア派 王朝でした。
10世紀半ば、ブワイフ朝はアッバース朝のカリフが治める バグダード に入城します。軍隊を引き連れ、アッバース朝に軍事的圧力をかけたのです。その結果、ブワイフ朝の指導者は 大アミール の称号を授かり、軍事・行政権を獲得しました。
セルジューク朝|初めて「スルタン」の称号を使用
ブワイフ朝を滅ぼしたのが セルジューク朝 (1038~1194)でした。セルジューク朝は中央アジアで建国され、その後西アジア地域へ進出してきました。建国者は トゥグリル=ベク という人物です。
セルジューク朝はバグダードに入城し、ブワイフ朝を滅ぼしました。 ブワイフ朝からアッバース朝のカリフを救出した のです。この功績から、セルジューク朝の指導者は スルタン の称号を獲得しました。以後、スンナ派の君主のことをスルタンと呼ぶようになるのです。
ビザンツ帝国を撃破/イクター制を整備
また、セルジューク朝は他にも2つの特徴があります。1つ目は ビサンツ帝国を撃破し、後の十字軍派遣のきっかけを作った こと。2つ目は イクター制を整備した ことです。
イクター制とは、ブワイフ朝で始まった給与制度です。軍人や官僚に対し 土地の管理権と徴税権を与える ことが規定されました。
ホラズム=シャー朝|アフガニスタン方面に領土を拡大
続いて登場するのは ホラズム=シャー朝 (1077~1231)です。ホラズム=シャー朝は アフガニスタン方面に領土を拡大しました。
イル=ハン国|アッバース朝を滅ぼした!
最後に登場するのが、モンゴル系の イル=ハン国 (1258~1353)です。建国者の フラグ という人物は アッバース朝を滅ぼしたことで有名です。
イル=ハン国は ガザン=ハン の治世下で最盛期を迎えました。彼の宰相であった ラシード=アッディーン は『集史』という歴史書を著しました。
以上、西アジアを支配した4つのイスラーム王朝を紹介しました。登場した順番と、それぞれの特徴をしっかりおさえておきましょう。
ポイントの2つ目は「西アジアを支配したイスラーム王朝」です。
まずは 西アジア の位置を地図で確認しましょう。