5分でわかる!東アジア世界をみる視点
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この動画の要点まとめ
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中国の歴史を少しおさらいしましょう。
紀元前221年、 秦の始皇帝 が史上初めて中国を統一しました。その後、中国は 前漢 ・ 後漢 王朝の時代を迎えました。後漢の滅亡後は、およそ300年間にわたる混乱の時代が到来します。これを 魏晋南北朝時代 と呼びましたね。
魏晋南北朝時代の混乱を終わらせたのが 隋 王朝で、隋の後に成立したのが 唐 王朝でした。この章でお話しするのは、この唐王朝が 滅んだ後 の歴史です。
第1回「五代十国~北宋の成立」
唐が滅ぶと、中国は 五代十国時代 という混乱期を迎えます。五代十国は、5つの王朝が次々と入れ替わり 武力を持つ軍人が実権を握る時代 でした。まさに混乱の時代です。
五代十国時代が終わりを迎えると、 北宋 という王朝が成立します。北宋は五代十国時代の反省を活かした国づくりを行い、軍人ではなく 官僚中心の社会 を作り上げました。第1回の授業では 五代十国から北宋の成立 までの話をします。
第2回「北宋の国家運営」
北宋は非常に 交易 が盛んな王朝でした。さまざまな地域と交易を行うことで、北宋の財政は潤っていたのです。
経済的には大きく発展した北宋ですが、困ったことも起こりました。 北宋の富を狙って、北方民族が侵入してきたのです。 外敵による圧力に加え、 官僚国家ゆえの問題点 も発生するなど、内外の事情が北宋王朝を苦しめたのです。第2回は 北宋の国家運営 に注目します。
第3回「北宋の社会経済と文化の発展」
北宋の時代には、交易活動の活発化により経済が発展します。さらに社会や文化もめざましい発展を遂げました。第3回は 北宋の社会経済と文化の発展 についてお話しします。
第4回「モンゴル帝国の形成」
北宋のような交易主体の国家にとっては 取引相手が安定していることが重要です。 自分の国が元気だとしても、取引相手が混乱していたり、異民族に攻められたりしていては交易どころではありません。
加えて重要なことがあります。一つの国や地域とならまだしも、複数の国と交易を行う場合は 交易に関わる諸々のルールが統一されていることが大切です。 例えば言語や通貨が違ったり、取引のルールが異なったりすれば、スムーズに交易を行うことができません。つまり、交易を行う地域では 統一されたルールが適用されている状態 が理想なのです。
第4回の授業で登場するのは、中国の周辺民族の中で、この「理想」を追い求めた民族です。その名も モンゴル人 といいます。モンゴル人は、取引相手を支配し 自分たちの交易ネットワークに組み込もうとしたのです。
モンゴル人は、当時ユーラシア大陸にあった 3つの交易ルート をおさえようとしました。陸上では、ヨーロッパと東アジアをつなぐ 草原の道 と、西アジアから中央アジアを経て中国へとつながる オアシスの道 ( シルクロード )。海上では、紅海からインド洋を抜け、東南アジア・東アジアへとつながる 海の道 。この3つのルートです。
モンゴル人は騎馬部隊を派遣して各地に遠征しました。その目的は単なる領土拡張ではありません。 陸・海の交易ルートをおさえ、交易ネットワークを作り上げようとしたのです。 以上、第4回は モンゴルの時代 について取り扱います。
第5回「モンゴルの寛容な統治」
モンゴル人の遠征の目的は、広大な交易ネットワークを構築することでした。そのため、征服した土地では 寛容な統治 を行い、商業活動が活発になるようにしました。第5回は モンゴル人の寛容な統治 についてのお話です。
第6回「モンゴル(元)の文化」
最後の授業では 文化 について学習します。モンゴル人は征服地で寛容な統治を行ったため、 モンゴル帝国内の人びとは自由な活動が可能でした。 こうした背景から 庶民を中心とした優れた文化 が生まれることになります。第6回は、モンゴルで庶民文化が開花するお話です。
以上、東アジア世界の展開について、全6回に渡って解説します。一緒に勉強していきましょう!
第14章「東アジア世界の展開」のガイダンス授業です。
この章では、計6回の授業で 東アジア世界の展開 について学習します。第13章までは ヨーロッパ世界 の勉強をしてきましたが、今回からは 東アジア 世界、特に 中国 の歴史に注目します。