5分で解ける!19世紀の欧米諸国(1) 英・仏・伊・独(第3問)に関する問題
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この動画の問題と解説
問題
解説
問題(1)
c:ガリバルディ、両シチリア王国を征服
サルデーニャが中部イタリアを併合したあと、ガリバルディが 千人隊(赤シャツ隊) を率いて両シチリア王国を征服し、サルデーニャに献上しました。こうしてサルデーニャはイタリア統一に成功し、1861年に イタリア王国が成立しました。
b:ヴェネツィア併合
イタリア王国が成立したものの、未だイタリア領となっていないイタリア人居住地域は多くありました。そこで 普墺戦争 に便乗して ヴェネツィアを併合 し、 普仏戦争 に便乗して 教皇領を占領しました。 しかし、依然 南チロル や トリエステ といった地域は回収できず、「 未回収のイタリア 」としてイタリアを悩ませることになりました。
以上、並び替えると a→c→b の順番となりますので、正解は ② となります。
問題(2)
① 三帝同盟 のメンバーは ドイツ・オーストリア・ロシア です。ドイツはオーストリア・ロシア間の対立を仲介する形で同盟を結びました。この選択肢は問題ありません。
②イギリスは「 光栄ある孤立 」をとり、ビスマルクの時代にどこの国とも同盟を結びませんでした。イギリスは 世界一の工業力と軍事力 を持っていたため、他国と同盟を組む必要がなかったのです。この選択肢も問題ありません。
③ 三国同盟 のメンバーは ドイツ・イタリア・オーストリア です。「ロシア」は含まれません。ドイツはイタリア・オーストリア間の対立を仲介する形で三国同盟を結びました。この選択肢は誤りなので、正解は ③ となります。
④ロシアとオーストリアの対立は解決せず、三帝同盟は崩壊し、その後に結ばれた 新三帝同盟 も崩壊しました。ただ、ビスマルクはどうしてもロシアとの関係を保っておく必要がありました。宿敵 フランス とロシアが同盟を結べば、ドイツは両国に挟み撃ちにされてしまうからです。そこでビスマルクは、秘密条約である 再保障条約 をロシアと結び、どちらかが戦争状態になっても中立を保つことを約束しました。
この章では、19世紀のイギリス・フランス・イタリア・ドイツの動きを見てきました。イギリスでは 自由主義 の考え方が台頭し、あらゆる規制を撤廃して自由な経済体制を確立していく動きが起こりました。
フランスでは 第二共和政 のもとで 男性普通選挙 が実現したものの、反対に国は混乱してしまいました。その後 ナポレオン3世 の時代に国家がまとまりを見せることになったのです。
イタリアとドイツでは国家の統一が達成されました。両国はほぼ同じタイミングで統一を達成しましたが、それぞれが進んでいく方向性には大きな違いがありました。それぞれの動きをしっかり復習しておきましょう。
19世紀の欧米諸国(1) 英・仏・伊・独の問題
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a:ロンバルディアを獲得
イタリア統一戦争を始めたサルデーニャ王国は、手始めに ロンバルティア を獲得し、その後中部イタリアを併合しました。