5分でわかる!19世紀後半のアメリカは急速に成長する!
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この動画の要点まとめ
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奴隷制廃止/解放された黒人はどうなる?
南北戦争で北部が勝利したことで、アメリカではついに 奴隷制が廃止され、奴隷たちが解放されることになりました。 1865年の憲法修正第13条で、奴隷制が正式に廃止されることになったのです。
奴隷制が廃止される前、商工業がさかんな北部は 解放された奴隷に工場労働者になってもらおう と考えていました。しかし解放された黒人奴隷の多くは、南部で普及した シェアクロッパー という制度のもとで 小作人 となったのです。
シェアクロッパー制度において、小作人は地主(土地の持ち主)から土地や農具や住居を借りて綿花などを作り、収穫の一部を地主に納めることで生活していました。
制度的には奴隷から解放されても、黒人たちの多くは小作人という立場に変わっただけで、北部の思惑通り工場労働者に変わることはなかったのです。
南北戦争終結後、黒人たちは「奴隷」として扱われることはなくなりました。しかし、長らく彼らを奴隷として使っていた南部には、依然として 黒人への差別意識が根強く残っていました。
1866年、アメリカ南部のテネシー州で K・K・K(クー=クラックス=クラン) という秘密結社が組織されました。白人至上主義を唱えて黒人を差別し、徹底的に弾圧しようとする組織です。制度的には奴隷から解放された黒人たちでしたが、こうした組織に見られるような差別意識はアメリカに根強く残っていたのです。
産業の急成長
南北戦争後のアメリカは、北部主導で商工業が発達し、1870年代には 第2次産業革命 を迎えることになりました。
産業革命の結果商工業が発達すると、その発達を支える労働者たちの負担は大きくなりました。そこで彼らは熟練労働者を中心に アメリカ労働総同盟(AFL) を結成し、経営者と話し合うことで 労働条件の改善を求めるようになりました。
また、19世紀半ば以降、アメリカへの 移民 が急増しました。自分がもといた国を離れて海外に移住した人を移民といいます。
先ほど説明したように、商工業がさかんな北部は奴隷が解放されることによる労働力増加を期待していました。しかし実際は黒人はシェアクロッパー制度のもとで小作人となり、工場労働者にはならなかったのです。そこで活躍したのが移民です。アメリカは積極的に移民を受け入れ 労働力不足を解消しようとしました。
移民は時期によって 旧移民 と 新移民 に呼び名が変わります。旧移民はアイルランドやドイツ、アジアからやってきました。新移民は東ヨーロッパなどからやってきました。アメリカは移民を積極的に受け入れ、労働力を確保したのです。
国内市場の統一/海外市場の確保へ
1869年には 大陸横断鉄道 が完成しました。これでアメリカ東部と西部を結ぶルートが確保され、政治的・経済的な統一が進展することになりました。
1890年代には フロンティアの消滅 が宣言されました。 西部開拓 における開拓済み地域と未開拓地域の境界を フロンティア といいます。そのフロンティアが消滅したとはつまり、白人が未開拓の地域はもうないということです。
国内を統一したアメリカは、このあと海外市場の確保を目指し、カリブ海や中国へ進出していくことになります。
以上、南北戦争後のアメリカの状況を説明しました。黒人奴隷の解放・産業の成長・国内市場の統一の3つの項目にわけて勉強しましたね。それぞれの内容をしっかり覚えておきましょう。
ポイントの2つ目は、「南北戦争後のアメリカ」です。
南北戦争を終えたアメリカが、どのような変化を迎えたのかに注目します。