5分でわかる!なぜアフガニスタン!?

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この動画の要点まとめ
ポイント

イギリスがなぜアフガニスタンをねらったのか、その理由にも注目してください。
イギリスはロシアの南下を警戒していた!

イギリスは19世紀に、2度にわたる アフガン戦争 を通じてアフガニスタンへ侵攻していきました。どうしてイギリスは アフガニスタン にこだわったのでしょうか?こちらを見てください。

アフガニスタンのすぐ南には インド があります。インドはイギリスにとって アジアにおける最大の植民地でした。 もちろん他の国には手放したくありません。

そんなイギリスが警戒していたのが ロシアの南下政策 でした。南下政策を進めるロシアがもしアフガニスタンを占領したら…?そのまま南下を続けインドに侵入してきたら…?イギリスはこうした不安を抱えていたわけです。

アフガニスタンはインドのすぐ北に位置しています。植民地インドを守りたいイギリスにとって アフガニスタンは地理的に重要な場所にあったのです。
2度にわたるアフガン戦争

ロシアにとられたくなければ 自分で植民地にしてしまえばいい。 そう考えたイギリスはアフガニスタンに戦争を仕掛けました。これが アフガン戦争 です。

1838~1842年に行われた第1次アフガン戦争は、なんと イギリスの完敗 に終わりました。イギリスは一度アフガニスタンから距離をおくようになりましたが、 1878年 になると再びアフガニスタンへ侵攻しました。これが 第2次アフガン戦争 です。

1878年 といえばヨーロッパで ベルリン会議が開催された年 です。ベルリン会議の結果、ロシアは バルカン半島方面 への南下政策を断念することになりました。

イギリスは焦りました。「バルカン半島がダメでも、他の方面へ南下するかもしれない」と考えたのです。ロシアがアフガニスタン方面へ南下してくることは十分に考えられました。そこでイギリスは再びアフガン戦争を行ったのです。

強い危機感を持って臨んだ第2次アフガン戦争にイギリスは勝利し、 アフガニスタンを保護国化することになりました。

以上、アフガニスタンがイギリスの保護国となる様子を学習しました。イギリスは植民地インドをロシアから守るためにアフガニスタンへ侵攻したのです。しっかり覚えておきましょう。

ポイントの2つ目は「アフガニスタンの植民地化」です。
ポイント1では イラン の植民地化について勉強しました。ポイント2ではイランのお隣 アフガニスタン がイギリスの植民地となっていく様子を学習します。