高校世界史B
5分で解ける!ドイツの動向に関する問題
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練習の解説授業
ビスマルクの辞職!?ドイツがとった「新航路」
ドイツ帝国の首相 ビスマルク は、1888年に即位した皇帝 ヴィルヘルム2世 と対立しました。外交方針や社会主義者鎮圧法の更新をめぐって両者の意見は衝突し、1890年にビスマルクは辞職することになりました。
ヴィルヘルム2世は従来のドイツに見られなかった 新たな外交路線 を展開しました。例えば 海軍の大拡張 です。世界最強の海軍力を誇っていた イギリス に対抗し、海軍力の増強を宣言したのです。この政策でドイツとイギリスとの対立は深まることになりました。
領土拡大にあたっては、全ドイツ系民族の連体と結集を呼びかける パン=ゲルマン主義 を主張しました。この主張に基づきドイツはオーストリアと接近し、結果としてオーストリアとの関係が悪かったロシアと対立することになりました。
ヴィルヘルム2世のもとでドイツ帝国が進めた帝国主義政策を 3B政策 といいます。 ベルリン・ビザンティウム・バグダード の3つの都市の頭文字をとった呼び名です。
以上のように、ヴィルヘルム2世の「新航路」はイギリスやロシアといった列強との対立を深めるリスクを背負っていました。
ドイツの労働運動!
1875年、世界最初の社会主義政党である ドイツ社会主義労働者党 が成立しました。すると、社会主義の拡大を警戒するビスマルクは1878年に 社会主義者鎮圧法 を制定し、社会主義者を弾圧しました。
1890年にビスマルクが辞職すると社会主義勢力は勢いづき、同年に ドイツ社会民主党 が誕生しました。当初はマルクス主義理論に基づく暴力革命を訴えていましたが、次第に議会を通じたゆるやかな社会改良を目指す 修正主義 の考え方が台頭するようになりました。
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今回はドイツ帝国主義と労働運動について学習しました。
内容を確認していきましょう。