高校世界史B
5分でわかる!ヨーロッパは皆で仲良く!?
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この動画の要点まとめ
ポイント
ヨーロッパは皆で仲良く!?
これでわかる!
ポイントの解説授業
ポイントの1つ目は「国際協調にむけた動き」です。
大戦後のヨーロッパでは、国同士が仲良くしよう、協力しようとする風潮が高まっていました。このように、他国と友好的な関係を築き、国際社会で協力しようとする考え方を 国際協調主義 と呼びます。
ロカルノ条約の締結
国際協調の気運が広がる中、1925年、西ヨーロッパの安全保障を規定する ロカルノ条約 が締結されました。敗戦国ドイツと西欧諸国との間の国境は現状維持とされ、国際紛争の解決手段として武力を用いないことが確認されました。
当時のドイツの外相(=外務大臣) シュトレーゼマン は協調外交を展開し、 ドイツの国際連盟加入 をロカルノ条約発効の条件としました。こうしてドイツは国際連盟に加入することになったのです。シュトレーゼマンは 戦後ドイツの地位向上 に尽くした外相として有名です。
不戦条約の締結
1928年、ヨーロッパ・アジア・アメリカなど多くの国を巻き込んだ 不戦条約 が締結されました。アメリカ国務長官 ケロッグ と、フランス外相 ブリアン が提唱した条約です。
不戦条約の締結国は「 国際紛争の解決は武力によらない 」ことを誓いました。ちなみにこの内容は、第二次大戦後に制定された 日本国憲法 にも影響を与えています。
ロンドン軍縮会議の開催
1930年、アメリカやイギリス・日本などによる ロンドン軍縮会議 が開かれました。
1922年の ワシントン海軍軍備制限条約 で 主力艦 の保有比率が規定されたのに対し、ロンドン軍縮会議では 補助艦 の保有比率が規定されました。
会議の結果、日本の補助艦保有は制限されてしまいました。日本政府がこれを受け入れたことは、協調主義の動きとして国際社会からは高く評価されました。しかし国内では軍部(特に 海軍 )の不満が高まることになったのです。
ヴェルサイユ体制とワシントン体制、第4回。
今回は「国際協調主義」について学習します。