5分でわかる!目指すのは経済的な「第三の巨人」
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この動画の要点まとめ
ポイント
ポイントの1つ目は「ヨーロッパ共同体の誕生」です。
経済的な「第三の巨人」、つまり アメリカ・ソ連に次ぐ経済力を持つ勢力 を目指して、ヨーロッパ諸国が経済的な結びつきを深めていく様子を学習します。
仏外相シューマン、経済的な統合を提案
第二次世界大戦後、フランス外相(外務大臣)の シューマン は「これまでヨーロッパ諸国(特にドイツとフランス)は 地下資源豊富な地域 をめぐって何度も争ってきた」と指摘しました。
その最たる例が アルザス・ロレーヌ をめぐるドイツ・フランスの争いです。両国はこの地域をめぐり、プロイセン=フランス戦争/第一次世界大戦/第二次世界大戦と何度も対立してきました。
こうした歴史をふまえ、シューマンは、資源を奪い合うのではなく 共有しよう と提案したのです。これを「シューマン=プラン」といいます。
このように、戦後のヨーロッパでは これまでの戦争への反省 から、 鉱物資源を共有する動き が生まれたのです。
ヨーロッパの統合が進む!
シューマン=プランに同意したフランス・西ドイツ・イタリア・ベネルクス3国(ベルギー・オランダ・ルクセンブルク)の計6カ国は、1952年に ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC) を発足。ヨーロッパ統合の第一歩となりました。
さらに、この6カ国は ヨーロッパ原子力共同体(EURATOM) 、そして ヨーロッパ経済共同体(EEC) を結成。1967年には、これら3つの組織(ECSC,EURATOM,EEC)が統合されて ヨーロッパ共同体(EC) が成立しました。
このように、ヨーロッパでは次々と経済的な統合が進んでいきました。ちなみにECは現在の ヨーロッパ連合(EU) の原型となった組織です。
イギリスも加わり「拡大EC」が成立!
当初、ヨーロッパの大国 イギリス は、フランスや西ドイツを中心とする経済統合に反発しました。ヨーロッパ経済共同体(EEC)が結成されると、対抗して ヨーロッパ自由貿易連合(EFTA) という組織をつくったのです。
こうしてヨーロッパではEECとEFTAが競合することになりましたが、やがてヨーロッパ統合の風潮が強まり、イギリスをはじめ多くの国がECに加盟することになりました。
1970年代にはイギリス・アイルランド・デンマークが、80年代にはギリシア・スペイン・ポルトガルがECへ加入。こうして加盟国が増えたECは 拡大EC と呼ばれるようになりました。
このようにヨーロッパでは、各国が独立を維持したまま、経済的には統合していくようになりました。これが現在のヨーロッパ連合(EU)につながっているのです。
冷戦の激化と西欧・日本の経済復興、第3回。
今回は「ヨーロッパ諸国の経済統合」について学習します。