高校日本史B

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5分でわかる!白村江の戦い

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この動画の要点まとめ

ポイント

白村江の戦い

飛鳥時代4 単語1 斉明天皇・中大兄皇子飛鳥時代4 ポイント1 斉明天皇・中大兄皇子

これでわかる!
ポイントの解説授業
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今回は 飛鳥時代 の4回目、飛鳥時代の後半に入っていきます。
1つ目のポイントは、 白村江の戦い (はくそんこうのたたかい、はくすきのえのたたかい)です。
特にアジアの地図を確認しながら学んでいきましょう。

皇極天皇、重祚して斉明天皇に。実権は中大兄皇子が握っていた

飛鳥時代4 ポイント1 1行目のみ

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では、改新の詔が出された後、その続きから見ていきましょう。
孝徳天皇のあと、 皇極天皇 が再び天皇として即位しました。
一度退位した天皇が再度即位することを 重祚 (ちょうそ)と言います。
重祚後の治世では、皇極天皇ではなく、 斉明天皇 と呼ばれます。
実際には、皇太子の 中大兄皇子 が政治の実権を握り、政治をしていくことになります。

白村江の戦いで日本(倭)が大敗

飛鳥時代4 ポイント1 2行目~地図の手前まで

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658年から、阿倍比羅夫という人物が、東北にいた蝦夷(えみし)や粛慎(みしはせ)の征討に向かいます。
この頃の東北地方は、また朝廷に従っていなかったんですね。
この辺りは細かい内容なので、余裕があったら覚えましょう。

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その後、663年に、日本(倭)・百済と唐・新羅の間で、 白村江の戦い という大きな戦いが起きます。
この戦いについて詳しく見ていきましょう。
まずは、地図を見てください。

白村江の戦いのころの朝鮮半島
飛鳥時代4 ポイント1 左の地図のみ
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白村江の戦い から3年前の660年、中国の唐と朝鮮の新羅が結んで、朝鮮の百済を攻撃し、滅ぼしました。
百済は日本に救援を要請し、日本はそれを受けて軍を派遣しました。
こうして663年に、日本・百済の連合軍と唐・新羅の連合軍が 白村江の戦い で激突することになりました。

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結果として、日本はこの 白村江の戦い で大敗を喫しました。
この敗戦を受けて、日本は朝鮮からの攻撃を警戒し、様々な対策をとるようになりました。
九州の役所である大宰府を防衛するため、警備員である 防人 (さきもり)を送りました。
さらに、通信手段である烽(とぶひ、のろし)や、外的の侵入を防ぐための 水城 (みずき)という土塁、 朝鮮式山城 などを設置しました。

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更に、中大兄皇子は、難波宮から飛鳥宮にいったん都を戻したあと、更に近江(今の滋賀県)の 大津宮 に遷都を行います。
そして、この新しい都で、中国式の律令に基づいた政治を行っていくことになります。

都の変遷
飛鳥時代4 ポイント1 右の地図のみ

この授業の先生

黒川 広貴 先生

「どこがテストに出るの?」「どうやって覚えたらいいの?」「どうしたら点数がとれるの?」という疑問に答え、着実に点数を伸ばすための授業を展開。

白村江の戦い
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