高校日本史B
5分で解ける!奈良時代6(第1問)に関する問題
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この動画の問題と解説
問題
一緒に解いてみよう
奈良時代4・5の確認テスト【穴埋め問題】
解説
これでわかる!
問題の解説授業
問題1(1)
橘諸兄の後で実権を握った 藤原仲麻呂 は、藤原氏の血筋である聖武天皇の皇后 光明子 (光明皇后)を後ろ盾に勢力を伸ばしました。
これを快く思わない橘諸兄の息子、 橘奈良麻呂 が反乱を起こしますが鎮圧され、仲麻呂の権限を強める結果に終わりました。
これが 橘奈良麻呂の乱 (橘奈良麻呂の変)です。
大きな権力を得た仲麻呂は、淳仁天皇から 恵美押勝 の名を賜りました。
問題1(2)
(2)は、(1)の続きのできごとです。
後ろ盾であった光明皇太后が亡くなると、恵美押勝は没落します。
代わりに、孝謙上皇、及び上皇と親しくしていた僧 道鏡 が台頭します。
押勝は権力を取り戻すべく、淳仁天皇と組んで反乱を起こしますが、敗死してしまいます。
この 恵美押勝の乱 の後、孝謙上皇は重祚して 称徳天皇 となります。
道鏡はさらに勢力を伸ばして宗教界トップの称号である「法王」の称号を得ますが、 宇佐八幡信託事件 で失脚し、称徳天皇が没すると、政治の世界から追放されてしまいました。
ちなみに、日本の歴史上で重祚した天皇は二人だけです。
今回出てきた、 孝謙天皇 改め 称徳天皇 と、もう一人は以前に出てきた、皇極天皇改め斉明天皇の二人で、どちらも女性です。
問題1(3)
奈良時代になる少し前、中国の北東部には 渤海 という国ができました。
ここは、後の時代に「満州」と呼ばれる地域でもあります。
その渤海からは 渤海使 が来日し、越前(福井県)の松原客院や能登(石川県)の能登客院などに滞在しました。
今回は、奈良時代後半と外交に関する確認テストです。
政権を握った人物と天皇との関係などの重要な事柄が押さえられているか、確認しましょう。