高校日本史B
5分で解ける!平安時代6(第1問)に関する問題
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この動画の問題と解説
問題
一緒に解いてみよう
平安時代4・5の確認テスト【穴埋め問題】
解説
これでわかる!
問題の解説授業
問題1(1)
醍醐天皇は902年、土地法令として 延喜の荘園整理令 を出しました。
後の時代、後三条天皇の時に出された延久の荘園整理令と間違えないようにしましょう。
延喜の荘園整理令では、勅旨田などの私有地を廃止しようとしましたが成果は挙がらず、ここで同時に行った班田が、最後の班田実施となってしまいました。
問題1(2)
醍醐天皇と村上天皇は、藤原氏の影響を入れない、天皇中心の政治である 親政 を行いました。
醍醐天皇の治世を 延喜の治 、村上天皇の治世を 天暦の治 といいます。
村上天皇は、皇朝十二銭(天皇・朝廷が鋳造した12種類の貨幣)の最後である 乾元大宝 を鋳造しました。
この皇朝十二銭の最初が、和同開珎という貨幣であったことも一緒に思い出しておくと良いでしょう。
問題1(3)
11世紀、陸奥では二つの戦いが起きました。
1051年は安倍氏の反乱である 前九年の合戦 、1083年は清原氏の内紛である 後三年の合戦 です。
どちらも、源氏の武士が中心となって鎮圧されています。
後三年の合戦が鎮圧された後、清原から藤原と姓を改めた 藤原清衡 を祖とする 奥州藤原氏 が繁栄しました。
ちなみに、奥州藤原氏が繁栄した平泉(今の岩手県)には、世界遺産にもなっている 中尊寺金色堂 があります。
藤原清衡が作ったこの中尊寺金色堂は、文化史で出てくるので、頭に入れておくと良いでしょう。
平安時代の後半についての確認テストです。
藤原氏が実権を握った時期、天皇が政治を行った時期がどちらも出てきます。
その時代の中心人物と事件をセットで覚えられているかが非常に重要です。しっかり理解できているか、確認していきましょう。