高校日本史B
5分で解ける!鎌倉時代8 鎌倉時代の政治5に関する問題
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御家人を救済するための永仁の徳政令
北条貞時は、 元寇で窮乏した御家人を救済する ため、 永仁の徳政令 を出して、売却・質入れされた土地を御家人に返還させました。
京都の朝廷で、持明院統と大覚寺統が対立した
最後の得宗、14代執権 北条高時 の頃になると、後深草天皇から始まる 持明院統 と、亀山天皇から始まる 大覚寺統 が対立します。
幕府が仲介に入ることで、大覚寺統と持明院統が交互に皇位につく 両統迭立 が決まり、大覚寺統の 後醍醐天皇 が即位しました。
幕府に不満を持つ者が立ち上がり、鎌倉幕府が滅亡
後醍醐天皇の倒幕の動きに乗って、 楠木正成 が 河内で挙兵 、 足利尊氏 が 六波羅探題を攻め落とす など、全国で不満を持つ者たちが立ちあがりました。
新田義貞が鎌倉を攻め落とした ことで、1333年、鎌倉幕府は滅亡を迎えます。
今回は、鎌倉幕府の最後の話であると同時に、この後に政治を行う後醍醐天皇が出てきたり、南北朝の対立の始まりとなる大覚寺統・持明院統が生まれたりと、次の時代に繋がる内容が多く出てきました。
次の時代で分からないことが出てきたら、今回の内容に戻って確認するようにしていきましょう。
今回学んだ、永仁の徳政令から鎌倉幕府滅亡までを、練習問題で確認していきましょう。