高校日本史B
5分で解ける!江戸初期の時代6 幕藩体制3(第1問)に関する問題
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この動画の問題と解説
問題
一緒に解いてみよう
江戸初期の政治4・5(幕藩体制)の確認テスト【穴埋め問題】
解説
これでわかる!
問題の解説授業
問題1(1)
江戸幕府における最高職は 大老 (たいろう)です。
この大老は、たまに臨時で1人だけ置かれ、居ないときのほうが多かったほどです。
ふだん、大老が置かれないときは、 老中 (ろうじゅう)が幕府の最高職でした。
老中は元々「年寄」(としより)と呼ばれ、複数人で構成されていました。
問題1(2)
江戸時代の大名とは、およそ 1万石 以上の武士のことを指します。
そのうち、徳川一門の大名を 親藩大名 (しんぱんだいみょう)といいました。
1600年の 関ヶ原の戦い以前から徳川家の家臣であった 大名は 譜代大名 (ふだいだいみょう)、
それ以降に家臣となった 大名は 外様大名 (とざまだいみょう)と呼ばれました。
ちなみに、親藩大名には「松平」という苗字が多く見られます。
徳川家の親戚とはいえ、基本的に将軍家のみが名乗れた「徳川」を使うことは許されなかったのです。
外様大名が江戸から遠い地に配置されることが多かった ことも、合わせて思い出しておきましょう。
問題1(3)
将軍に仕える武士のうち、およそ1万石以下の武士を 直参 (じきさん)と呼びます。
将軍に謁見することを御目見得といいましたが、
御目見得が許された直参は 旗本 (はたもと)、
許されない直参は 御家人 (ごけにん)、と分けられました。
前回まで、江戸幕府の統治体制について取り上げてきました。
今回は、その確認テストを行います。