高校日本史B
5分で解ける!江戸初期の政治10 家光の時代と初期外交4に関する問題
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解説
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練習の解説授業
農民、大名を統制する様々な制度が作られた
民衆を檀家として寺に登録させる制度は、 寺請制度 です。
寺を通じて戸籍を作らせ、民衆を把握していました。
1635年には、 林羅山 が起草した 武家諸法度寛永令 が出されました。
ここでは、大名に江戸と国元を往復させる 参勤交代 などが制度化されました。
参勤交代に掛かる費用は全て自腹だったため、特に江戸から遠い大名には大変な負担となっていました。
寛永令の「寛」という字は下が「見」という漢字です。間違えやすいので気をつけましょう。
農民の没落を防ぐために、1643年には、田畑の売買を禁ずる 田畑永代売買禁令 が出されました。
1673年には土地の細分化を防ぐため、 分地制限令 が出されています。
農民や大名の統制についてみてきました。
武家諸法度は、以前出てきた「元和令」と、今回出てきた「寛永令」でどこがどう違うのかが大切です。
元和令は、1615年、2代秀忠の時代に、崇伝起草で、大名間の同盟・私婚や城の新築・無断改築を禁止 しました。
寛永令は、1635年、3代家光の時代に、林羅山起草で、参勤交代の制度化や大船建造の禁止という内容 でした。
こんな感じで、一回自分でもまとめてみると良いでしょう。
練習問題で復習を行っていきましょう。