高校日本史B
5分でわかる!小磯国昭内閣
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この動画の要点まとめ
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小磯国昭内閣
これでわかる!
ポイントの解説授業
ソ連の対日参戦が決定!「ヤルタ会談」!
太平洋戦争の戦況は年々悪化し、東条英機内閣は退陣します。
代わって発足したのが、小磯国昭内閣です。
1945年2月、ソ連でヤルタ会談が開かれます。
参加者は、F.ローズベルト(アメリカ)、チャーチル(イギリス)、スターリン(ソ連)です。
この会談は、日独の敗戦が秒読みとなる中で、日ソ中立条約などで日本に近い関係にあったソ連を、米英が味方に引き込む事を目的としていました。
これにより、ドイツ降伏後にソ連が対日参戦をするという秘密協定、ヤルタ協定が結ばれます。
この時点で、まだ日ソ中立条約は有効ですから、あくまで秘密協定であったことに注意しましょう。
戦局は悪化の一途!「東京大空襲」「沖縄戦」
戦局は悪化の一途をたどり、1945年3月には東京大空襲が行われます。同じく3月には硫黄島の戦いが行われ、2万人が玉砕するという大敗を喫しました。
翌4月には、米英軍が沖縄に上陸し、沖縄戦が行われました。
この戦いには鉄血勤皇隊(男子学生)やひめゆり隊(女子看護学生)といった一般市民も参加し、多くの犠牲者を出しました。
続いて、小磯国昭内閣の時代について見ていきましょう。