高校日本史B
5分で解ける!国風文化3(第1問)に関する問題
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この動画の問題と解説
問題
一緒に解いてみよう
国風文化1・2の確認テスト【穴埋め問題】
解説
これでわかる!
問題の解説授業
問題1(1)
国風文化は、 平安時代中期、摂関全盛期の文化 です。
894年の 遣唐使 (けんとうし)の廃止や、海外情勢の変化によって、文化の国風化がなされました。
問題1(2)
この時代には、現世の不安から逃れて来世で極楽浄土に行こうとする 浄土教 (じょうどきょう)が流行しました。
①浄土宗というのは、このあと鎌倉時代で法然という人が開いた宗教です。
10世紀半ばには、市聖(いちのひじり)と呼ばれた 空也 (くうや)が京の市中で「 南無阿弥陀仏 」(なむあみだぶつ)という念仏を唱え、浄土教を普及させました。
④の 源信 (げんしん)は空也と同じく浄土教を広めた人ですが、空也よりも少し後、10世紀の後半に『 往生要集 』を書いたことで有名ですね。
問題1(3)
国風文化の特徴的な貴族の住宅様式を 寝殿造 (しんでんづくり)といいます。
③書院造や④武家造は、後の時代に出てくる建築様式です。
なかでも、 藤原頼通 (ふじわらのよりみち)が宇治に建てた阿弥陀堂、 平等院鳳凰堂 (びょうどういんほうおうどう)が代表的です。
① 藤原道長 が建てた寝殿造の阿弥陀堂といえば、現存はしていませんが、法成寺(ほうじょうじ)のものが有名です。
問題1(4)
国風文化では美術にも、仏が人を迎えに来る様子を描いた 来迎図 (らいごうず)など、浄土教の影響が強く見られます。
② 大和絵 (やまとえ)は、来迎図などにも用いられた日本風の画法ですが、大和絵自体が浄土教の絵画というわけではないので、あてはまりません。
また、工芸では漆器に金粉や銀粉で文様をつける 蒔絵 (まきえ)という技法が発展しました。
細かい内容になりますが、④の密蛇絵(みつだえ)というのは飛鳥時代の玉虫厨子などで用いられた技法です。
国風文化の3回目は、ここまでの確認テストです。
最初は、穴埋めの選択問題をやっていきましょう。